CEATECの歩み

CEATECの成り立ち

CEATECの源流は、1962年に始まった「日本電子工業展」にまでさかのぼります。

「テレビ・ラジオ等の音響機器」「電子応用機器を含む無線機器」「測定器」「電子部品」の4部門で構成された展示会に207社が出展、10日間の会期で約15万人が来場しました。パーツから完成品まで非常に広範囲にわたるテーマを展示する"総合展"としての特長は、現在に至るまで受け継がれています。

1964年の第3回から名称を「エレクトロニクスショー」に改称、特に第25回の1986年エレクトロニクスショーには、過去最多としての記録が残る44万3500名が来場して活況を呈しました。

2000年、エレクトロニクスショーは情報・通信の展示会だった「COM JAPAN」と統合して「CEATEC JAPAN」へと生まれ変わります。「テクノロジーで社会を豊かにする」ことを掲げ、映像・情報・通信とデジタル・ネットワークというすべてを網羅する"複合"展示会としての新たな歴史が始まりました。

2007年には20万人が来場、「最先端IT・エレクトロニクス総合展示会」として確固たる地位を築きました。

2016年からは「CPS/IoT Exhibition」に舵を切り、IoTの基幹となる電子部品やデバイスから完成品、実装される機器、それらを活用するさまざまなサービスまでを含めた、すべてが一堂に会する「Society 5.0」の実現を目指す展示会として開催、国内外のキーパーソンが一堂に会する場として、社会から大きな注目を集める日本を代表する展示会の1つとなっています。

エレクトロニクスショー

1964〜1999年主催: EIAJ

  • 関連テレビ・ラジオパーツショー(1958年〜1961年)主催:電子機械工業会、東京都ラジオテレビ電気卸商業組合
  • 関連エレクトロニックパーツショー(1961年)主催:電子機械工業会
  • 関連日本電子工業展(1962年〜1963年)主催:電子機械工業会

COM JAPAN

1997〜1999年主催: CIAJ / JEIDA / JPSA

  • 前身データショウ(1972年〜1996年)主催:社団法人電子工業振興協会(JEIDA)
  • 前身コミュニケーション東京(1982年〜1996年)主催:通信機械工業会(CIAJ)
  • 前身JPSAコンベンション(1994年〜1996年)主催:社団法人日本パーソナルコンピュータソフトウェア協会(JPSA)
統合

CEATEC JAPAN から CEATEC へ

2000年〜現在

  • 2000〜CEATEC JAPAN 始動。映像・情報・通信・ネットワークを網羅する複合展示会として開幕
  • 2007来場者数20万人超、「最先端IT・エレクトロニクス総合展示会」として地位確立
  • 2016〜「CPS/IoT Exhibition」へ転換、Society 5.0 実現を目指す展示会へ
  • 2019〜「Toward Society 5.0」を正式テーマに、名称を「CEATEC」に短縮
  • 2020-21オンライン開催(2年連続)
  • 2022〜リアル開催再開、AI・DX を中心に拡大が続く
  • 2024〜「Innovation for all」を掲げ、全ての人にイノベーションを届ける展示会へ進展

主要沿革

CEATECの歩み 1962年から現在までの会場写真

過去の開催実績